狭山池堤体の保存処理に使用されたPEGの劣化とその影響に関する研究
野場知聡
岩手県
保存科学ゼミ
大阪狭山市には、今から約1400年前に造られた日本最古のダム形式のため池、狭山池がある。大阪府は狭山池のダム化工事の中で、この歴史的、土木工学的にも貴重な堤体の一部断面を、「PEG(ポリエチレングリコール)含浸法」で保存処理し大阪府立狭山池博物館で展示することとした。PEG含浸法は、出土木製品の保存処理に多く用いられる方法であり、堤体をPEG含浸することで、乾燥収縮の抑制、一軸圧縮強度の増加等の効果が得られる。
ここ数年間の点検調査では、展示当初から生じていた乾燥収縮による堤体表面のひび割れに大きな変化はみられていないが、堤体の内部や含浸されたPEGの劣化の有無等についての情報はこれまで得られていない。堤体内に含浸されたPEGが、低分子化により固形から軟膏?液状に変化?溶出してしまった際、本来期待していた堤体を強化する効果が損なわれる可能性が考えられる。
そこで本研究では、現在の堤体の保存状態を評価するため、試験体ブロックの剥落片を分析した。分析の結果、試験体ブロック剥落片に含まれるPEGは、低分子化を示唆する特徴は見られず、劣化していないことを確認した。
次に、PEG劣化や展示環境による堤体保存状態への影響を評価する目的で、熱加速劣化及び高湿度実験を行い、土試料に含浸したPEGが低分子化(劣化)あるいは溶出する条件を検討した。実験の結果、先行研究でも指摘されている通り、熱によるPEGの低分子化を確認した。また、高湿度環境下(平均温度30℃平均湿度95%)にPEG含浸土試料を3週間設置したところ、PEGの低分子化は起きないが、PEG吸湿による土試料の外観の変化と、一軸圧縮強度の低下が確認できた。
今回の分析から試験体ブロックのPEGが劣化していないことを確認できたが、今後さらに、他剥落片の分析や堤体本体の非破壊調査を行うことで、堤体の保存状態を把握できると考える。そして狭山池堤体の維持管理方法を検討するために、堤体の保存状態や環境要因に関する調査?実験を進め、狭山池堤体の保存に貢献できる知見を得たい。