井上聖菜|善寳寺五百羅漢堂における生物分布と対策についての考察
山梨県出身
佐々木淑美ゼミ
虫害は、文化財の形の喪失につながる重大な被害をもたらす可能性のある害である。よって博物館などの収蔵施設ではその場所の有害生物の密度を作品、人体、環境に影響のない範囲で可能な限り減少させ、文化財と有害生物の接触をできる限り防ぐというIPM(総合的有害生物管理)の考え方のもと、昆虫類の侵入?繁殖防止のための対策が行われている。
今回調査対象としたのは、龍澤山善寳寺五百羅漢堂である(以下「五百羅漢堂」と呼称)。五百羅漢堂には五百羅漢像という500体以上の仏像が隙間なく安置されており、これらには2015年から東北芸術工科大学保存修復研究センターによって修復が行われている。
五百羅漢像は昆虫類の被害を受けやすい木製であり、実際に修復のために持ち込まれた像に虫の脱出孔と思しき損傷が発見されたことがあった。五百羅漢堂は寺院施設であるため、参拝のために開口部が解放されることも多く、堂内には多数の昆虫類が生息しているものと考えられる。上記を踏まえて調査が必要であると考え、本研究では2021年11月から2022年10月までの期間にわたり善寳寺五百羅漢堂において昆虫相調査を行った。
昆虫相調査には、非誘引性の捕虫トラップを用いた。これを約一か月ごとに交換し、捕虫された昆虫類を目レベルまで推定、計上した。調査回数は全12回である。
捕虫結果としては、ハエ目が圧倒的に多く、全ての回で捕虫数の約半数を占めていた。次に多いのがクモ目で、それ以外の目はごく少数だった。トラップごとに捕虫数にかなり差があり、全ての回を通してほぼ0匹のものもあれば1ヶ月で100匹以上を捕虫するものもあった。傾向としては開口部付近の捕虫数が平均して多かった。この結果から、昆虫類の主要な侵入場所になっているのは出入り口付近であると考察する。また、物奥側の捕虫数も多かった。これについては昆虫類が負の走光性を持つこと、建物奥側に動物の糞(No.1)が多く見られたためそれが誘引剤になったことが原因であると推測する。
以上の調査結果と考察を踏まえ、開口部付近へのバードネットの設置を五百羅漢堂における害虫防除対策の方法として提案する。五百羅漢堂には動物の糞が多くありそれが悪影響を及ぼしていると推測するため、堂内に動物を入れないようにする事が環境の改善のために必要であると考えた。また、清掃で糞を排除することも誘引剤になるものを減らし昆虫類の侵入を防ぐために必要であると考える。