夏休みだから夜更かしができる。
そうやって学生のころは過ごしていた。もちろん大学院生になると研究活動を黙々とやっていたので、史料を読んだり、論文を読んだり書いたりして夜を生きていたのだが、学部生のころは一日中、ゲームや読書三昧である。とりあえず体力と気力が続くだけゲームをやっていて、途中からFF8はNPCにカードゲームを挑むだけになったり、ドラクエ7は石板を見つかるまで探したり(まだヒント機能も何もなくて、リメイク版をやったときは感激した)と本筋と関係あるのかないのかわからない作業をやり続けて、正直なところ昼も夜もない生活リズムであった。その意味では夜をとりわけクローズアップする必要はないのかもしれないし、別に乱れた生活を誇りたいわけでもない。何より真似をしないほうがいい。
それでも夜は魅力的な時空間である。石黒正数さんの『それでも町は廻っている』で印象的な話は第16話の「ナイトウォーカー」(『それでも町は廻っている』2巻所収)で、高校生の主人公嵐山歩鳥が小学生の弟である猛と一緒に、夜の町を徘徊するだけのストーリーなのだが、このシンプルな内容を面白く見せてしまう力量には感嘆してしまう。ちなみに石黒さんの短編集(今のところ『Present for me』(少年画報社、2007年)、『探偵綺譚』(徳間書店、2007年)、『ポジティブ先生』(徳間書店、2010年)の3冊が出ている)は、漫画家志望の学生に見せる短編の例として重宝している。学生の皆さんはどうしても連載ものばかり読んでしまうので(特に少年誌に集中する)、読み切りを描くとなった場合、読んだことがないのに描くとなりがちである。
さて「それ町」の話をすると、この「ナイトウォーカー」で夜の散歩のあいだに0時を過ぎた際、歩鳥に「あんたは今、昨日と今日の境目を越えたんだ」(2巻107ページ)と言われた猛は「さっきまで明日だったのが、今日になって、今日だったのが昨日に……」(2巻108ページ)と衝撃を受けることになる。普段寝ている時間に日中と同じ行動をしている自分自身と、昼間は人が行き交う商店街や店内がまったく違う様相を示していることの対比、さらには自らが持つ価値観の更新が一気に襲い掛かっている状況になる。
だから夜を逍遥しようと言いたいわけではない。何より危険ではないか。
とはいえ昼があれば、夜は確実にやってくる。2019年の授業「作品読解」で取り上げた彩瀬まるさんの「かいぶつの名前」(『朝が来るまでそばにいる』新潮社、2016年所収。文庫版は2019年)は、学校という場において亡くなってしまった人が描かれている。読者の多くが接したことのある昼の学校風景はほとんど描かれることがなく、誰もいなくなった夜の空間が描かれる。それは時に苦痛を伴い、見たくないものから顔を背けようという姿勢すら描かれるのだが、それでも主人公自身を見てくれる人は存在するし、朝はやってくる。もちろん夜もやってくる。
夜は必ずしも苦痛を伴う空間とは限らないし、でも見たくないものが見えてしまったり、自他の境界があいまいになってしまったりと不安定になるかもしれない。それも夜の特性の一つである。
でも、でも。オレたちには寄り添ってくれる存在があるじゃないか。
そう深夜ラジオである。
みんな、伊集院さんのラジオを聞いているかい。アルピーのDCGを聞いているかい。私はずっと深夜はTBSラジオを中心に聞いてきて、気づいたら20年以上が経過している。
今でも覚えているが、今いる東北芸術工科大学に赴任した2014年4月1日から「radikoプレミアム」が導入され、私は山形に移住しても3月まで東京で聞いていたラジオ番組をすべて同じように聞くことができたのだ。これは画期的な出来事であると同時に、自身の生活をほんのわずかでも地続きにすることができて、今に至るまで本当に助かっている。
佐藤多佳子さんの『明るい夜に出かけて』(新潮社、2016年。文庫版は2019年)は、実際に放送されていた『アルコ&ピースのオールナイトニッポン』を描いた作品である。もちろんラジオ番組の運営そのものに焦点を当てているわけではない。大学を休学した主人公が実家から出て、深夜のコンビニでバイトをしながら一人暮らしを開始していくが、彼はアルピーANNの有名ハガキ職人だったのだ(そして今は別のラジオネームで投稿している)。その彼がコンビニバイトを通じて、アルピーANNのハガキ職人やニコニコ動画の歌い手とのコミュニケーションを取り、見失っていた居場所を得ていく物語である。
この作品に出てくる登場人物たちはフラットな関係性であり、実はフラットではない。学校のように同じ年齢、比較的同じ地域の人たちが集まってくるわけではなく、同じコンビニにいる店員や客というつながりでしかない。しかしラジオであったりネットであったりで、すでにお互いの存在を認識している。でも、その名前は戸籍上の名前ではなくメディアを通じて伝えられてくる名前で、年齢も所属も肩書もすべて意味をなさないフラットな関係性が構築されていく。しかし、当然ながら個々人が抱える背景が大きく違っていて、同じ階層の存在とは簡単には言えない。
夜という時空間で深夜ラジオを通じて、主人公は新しい居場所と自分自身を見つめなおしていくことになるが、その端緒となるフラットさは夜だからこそ生み出されている。
さて最後に現在進行形で描かれている夜の物語に、少し触れて終わろう。
『週刊少年サンデー』にて連載されており、今現在アニメが放送されているコトヤマさんの『よふかしのうた』(小学館、2022年8月現在12巻まで刊行)は、夜を闊歩する主人公が吸血鬼と出会う話である。逃避と居場所探しは夜の世界に入るためのキーワードであり、この作品もご多分に漏れず踏襲している。
しかしアニメを見ると、明るい夜が描かれている。主人公が闊歩する道も町もすべてが明るい。もちろん暗い画面だと見えにくいという根本的な問題はあるのだが、それでも彼が歩く空間の、その明るさが夜を心地よくさせてくれる。
と、いうわけで、そろそろ伊集院光さんの『深夜の馬鹿力』 が始まるので、終わることにする。
皆さん、よい夏休みを、そしてよい夜を。
(文?写真:玉井建也)
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第1回 はじまりはいつも不安
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玉井建也(たまい?たつや)
1979年生まれ。愛媛県出身。専門は歴史学?エンターテイメント文化研究。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。東京大学大学院情報学環特任研究員などを経て、現職。著作に『戦後日本における自主制作アニメ黎明期の歴史的把握 : 1960年代末~1970年代における自主制作アニメを中心に』(徳間記念アニメーション文化財団アニメーション文化活動奨励助成成果報告書)、『坪井家関連資料目録』(東京大学大学院情報学環附属社会情報研究資料センター)、『幼なじみ萌え』(京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局 藝術学舎)など。日本デジタルゲーム学会第4回若手奨励賞、日本風俗史学会第17回研究奨励賞受賞。
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