大丈夫だぜ、一人で楽しめばいいじゃないか。と気楽に考えているのは世代が違うからかもしれないし、若者の当事者性から距離を置けるようになってしまったからなのかもしれない。
私が大学生になり、愛媛から東京へ上京したときは、とにかく一人で都内をめぐるのが楽しすぎて、雑誌でしか知らなかった中古CD屋めぐりをしたり、個人のウェブサイトで公開されていた都内の古本屋情報をもとに沿線で途中下車したりしていた。特に大学1年生の秋ぐらいからブックオフが進出してくると店舗ごとにカラーが違うのに気づいて、週に数回は訪れるヘビーユーザーになっていたものである。全盛期には「このレーベルだと、この本とこの本が貴重だけど、この棚にはない」とスキャニングするようにざっと見て把握して、次の棚、次の棚と移動して短時間でどれだけ見られるかに挑戦していたのだが、あのときの集中力と知識と行動力は今は失われて久しい。
これらの活動に意義があったのかわからないが、たまに聞いている文化放送の「おいでよ!クリエイティ部」で不定期に行われている「ブックオフ探訪クラブ」で取り上げられる店舗にめちゃくちゃ頷いたり、知らない店舗の情報に心が少しだけ動いたりするのは、あのときの名残なのだろう。最初のころにはそれほど置かれていなかった専門書が次第に増えていき、コーナーまで作られる過程を体験していた身としては、ブックオフ高田馬場店が今もなお同じ路線を歩んでいるのはほんの少し安堵する要素である。
もう一つ足を運んでいたのはライブハウスで、学生なのでとにかく金がなくて、名前を知らないバンドの安いチケットを買ったり、ときたまアジカンなど有名なバンドのライブを見に行ったりしていた。ここらへんは中古CD屋めぐりの延長線上であって、それほど熱心ではなかったのではあるが、今から考えると足しげく通っていたのかもしれない。そのうち音楽事務所から電話がかかってきて「今度ライブがあるので、ぜひ来てください」と言われて、売れないバンドは本当に大変だと思ったものである。
今年度の文芸論5の初回に野村駿「人=メディアとしてのバンドマン」(岡本健?松井広志編『ポスト情報メディア論』 ナカニシヤ出版、2018年)を取り上げたのは、客として参加していたライブハウスの状況というよりはバンドマンの活動自体に焦点を当てた論考であった点と、シラバスを書いていたときから存在したけど特に口外していない、そして初回授業のとき受講生にも言わなかった裏すぎるテーマとしてははまじあきさんの『ぼっち?ざ?ろっく!』 がアニメ化 されるからであった。しかし、こんなに話題作になるとは思わなかった。
年度末のレポートで受講生の何人かは『ぼっち?ざ?ろっく!』をただひたすら取り上げてくる。この授業のレポートだけではなく、ほかの授業でも目にするのでとにかく1人ぐらい『チェーンソーマン』を取り上げないのだろうか。みんなの先輩なのに、いや先輩だからこそ取り上げないのだろうか。
さておき論考で書かれていたバンドマン自身がメディア的な活動をしていく点と、メディアを活用していく側面はきちんと『ぼっち?ざ?ろっく!』にも描かれている。バンドマン自身がライブハウスでの噂話から先輩たちの成功話や失敗話、そして現状の情報を得ていくほんのわずかなシーンも描かれるわけだし、何より彼女たち自身の演奏によりお客さんを飽きさせたり振り向かせたりする状況は、単なるライブパフォーマンスとして受け取るだけではなくメッセージの発露だと考えることもできる。そしてネットメディアを活用しながら発信されるキラキラしたイメージと実際との落差もまた、メディアの活用の一側面ではある。
「陰キャのすすめ」を特集した『文芸ラジオ』7号 を発行したのは2021年である。当然ながらその前年から企画会議を開き、取材をし、記事をまとめていくので、かなり先取りしていたと思いたいが、それでも『ぼっち?ざ?ろっく!』が放送された2022年秋にここまで陰キャであること、というよりぼっちであることに焦点が当てられるとは考えていなかった。いや考えていなかったとは言いすぎで特集を組んでいる段階でムーブメントとして起こりうると頭の中にはあったわけだが、もっと静かな動きになると思っていた。そして7号の表紙を飾っている桜井のりおさんの『僕の心のヤバイやつ」』は今年の4月からアニメが放送されるので、一つの大きな流れのなかでとらえることができるであろう。
陰キャにしろぼっちにしろスクールカーストを根底とした概念なので、スクールカーストを経験していない私自身としては研究上のものとして眺めている側面があるのは否めない。高校生までの学校空間で、例えば土井隆義さん(『キャラ化する/される子どもたち』岩波書店、2009年)が書かれているような「優しい関係性」が過剰に要求される状況下で、グループ内で演じるキャラがよりどころとして存在しているのを主体的に捉えることは難しい。
対して文芸ラジオ7号ではこれまでマイナスに考えられてきた陰キャをプラスに捉えることはできないか、という考えがスタートにある。もちろん手掛けている私自身が今まさに高校生だったら陰キャと呼ばれるようなムーブを示していたであろうことは想像に難くないし(一人で古本屋めぐりしているぐらいだし)、それ自体に特別な引け目を感じることもないだろうと思う。そのような個人的な理由とは別として、特集にあたってのヒントは森博嗣さんの『孤独の価値』(幻冬舎新書、2014年)である。絆を主体的、肯定的に求めていく文化のなかで孤独はマイナスの評価になってしまうが、価値観の転換として一つの自由と考えられるのではないか、という内容である。
グループ内における割り当てられたキャラを演じる行為は、私ぐらいまでの世代であれば中学校から高校へ、高校から大学へと進学により地縁的関係性が断たれるので、一度リセットされる。しかしスマホとSNSの存在により複数の関係性が持続され、一度はまってしまうと抜け出すことが難しくなってしまい、複数のキャラを演じ分け続けないといけなくなってしまう。そこから外れてしまうとそれはそれで関係性のなかに入り込めなくなってしまうので、やはりループ状態になってしまう。『ぼっち?ざ?ろっく!』はそれらを非常に上手く描いているし(ぼっちちゃんはそこからの逃避と挑戦で進学している)、そこから脱却していくためにサードプレイス的にバンドが提示され、ライブハウスが空間として存在している。
しかし危険なのは、皆さんが書いてくるレポートを見ると陰キャでぼっちなところが良いという評価ばかりなところである。もちろんその点は非常に重要であり、特に否定するわけではないが、それだけで主人公性が成立しているわけではない。芸工大の文芸学科として創作者側に回るのであれば、共感した部分だけを表面的に、そして部分的になぞったところで、それは主人公足りえない。『ぼっち?ざ?ろっく!』の後藤ひとりが主人公なのは、マイナス面だけに彩られているだけなのではなく、ぼっちとしては様々な異常値を示している要素が存在しているからである。
陰キャでぼっちであるだけを描いた場合、まったくもって動いてくれない主人公ができあがってしまうし、その状態で物語を紡いでも起伏のない作品ができあがってくる。そして私が読むのである。教員だから最後まで読むが、それは教員だからであってネット小説なら最初の数行でブラウザを閉じるか、ページを戻っている。もちろん皆さんは賢しいので、そんなことはしないであろうと信じている。芸工大に赴任したとき、米澤穂信さんの氷菓シリーズが大ヒットしていて、4人組の高校生が喋っているだけの小説をどれだけ読まされたか。
最後は愚痴のようになってしまったが、この2月は「卒業制作展」と「冬のストーリー創作講座」が開催された。多くの高校生の皆さんも足を運んでくれて、楽しんでいただけたかと思う。文芸学科はぼっちでも陰キャでも、もちろん陽キャでも、スクールカーストのどの位置にいるかは関係なく受け入れる。というより既存の自明だと思っている価値観へ疑問を持つことを当然としているので、何も気にすることなく来てほしい。次は春のオープンキャンパスが開催されるので、創作講座に参加された人はもちろん、参加していない人も書いた作品(小説でもマンガでも)やプロットを持ってきてほしい。ぼっちで来てもいいじゃないか。
(文?写真:玉井建也)
BACK NUMBER:
第1回 はじまりはいつも不安
第2回 よふかしのほん
第3回 夏の色を終わらせに
第4回 本はブーメラン
第5回 サボテンの本
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玉井建也(たまい?たつや)
1979年生まれ。愛媛県出身。専門は歴史学?エンターテイメント文化研究。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。東京大学大学院情報学環特任研究員などを経て、現職。著作に『戦後日本における自主制作アニメ黎明期の歴史的把握 : 1960年代末~1970年代における自主制作アニメを中心に』(徳間記念アニメーション文化財団アニメーション文化活動奨励助成成果報告書)、『坪井家関連資料目録』(東京大学大学院情報学環附属社会情報研究資料センター)、『幼なじみ萌え』(京都造形芸術大学東北芸術工科大学出版局 藝術学舎)など。日本デジタルゲーム学会第4回若手奨励賞、日本風俗史学会第17回研究奨励賞受賞。
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