美術科総合美術コースでは、アートを通して人と人、社会と人をつなぐ「アートプログラムコーディネーター」の育成を行っています。価値観が多様化し、考え方の選択肢も増える中、学校教育はもとより社会教育の現場でも、物事を柔軟に捉え、自ら考えて実行することを重要視する教育に変わっています。同コースでの学びが現在の社会状況の中でどんな役割を果たしているのか、専任講師の石沢惠理(いしざわ?えり)先生にお聞きしました。
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――石沢先生は本学の卒業生でもありますが、そもそも本学で学ぼうと思ったのは、なぜでしょうか?
小さい頃からアートの世界に憧れを持っていて、そうした仕事につきたいと思っていました。高校から専門学校に行くことも考えましたが、もっと広く学びたいという思いがあって美術大学を志望しました。高校1年生の時から仙台の予備校に通わせてもらい、自分なりに学びを深めようとしていましたが、出身高校が進学校だったこともあり「なぜ、センター試験を受けないのか」と言われたこともあります。でもそれがきっかけで、なぜ学力だけが重視されるのか、学びたいことを学ぶとは何なのか、そうしたことに当時から疑問や興味関心を持っていました。
芸工大を卒業後、地域でのアート活動や高校の美術教師を経て、芸工大の教員に着任しました。「アートを学ぶ人が社会のさまざまな現場で活躍してほしい」と常に考えて指導を行っていますし、その大前提として、ものづくりや表現を通して他者と関わることで生まれる気づきや、自分自身が変わっていく面白さを伝えたいと思っています。これは言葉で教えることがとても難しいので、そうした機会をたくさんつくって学生たちに気づいてもらえるようにいろんな形で準備したいと思っています。
―石沢先生が所属している美術科総合美術コースについて教えてください
総合美術の英語表記は、「Arts and Communication」なのですが、ワークショップに代表されるように、アートを通して人と人とのコミュニケーションを生み出し、さまざまな学びと交流の機会を創出するスキルを学ぶコースです。
アートの多様な表現技法を使って共同で何かを作り上げるプロセスには、参加者の思考のクセや考え方が自然と見えてくるので、参加者の特徴に合わせて選んだ素材や場の力を借りて、「自分との対話」と「他者との対話」の2つを生み出す方法を学んでいきます。
美大と言えば個人の作品制作をしているイメージが強いと思いますが、本コースの学生たちは、ものづくりが好きな人はもちろん、人との関わりや、みんなで何か活動を行うことが好きな学生も多いのが特徴です。
―そうした手法が、今の社会で必要とされるのはなぜでしょうか?
そもそも生まれ育った環境も違うので一人ひとりが違うことはあたり前なのですが、今の日本の社会では「他の人と違ってはいけない、目立ってはいけない」という考え方が根底に強くあるように思います。常に世界とつながることができるグローバルな時代に、異なる考えの人と共に社会を構築し協働するため、こうしたアートワークショップは個々の違いを受け止める「やわらかな対話」として機能すると思います。
高校までの図工や美術の授業でも、これまでは作品を完成させる技術を身につけることが優先されていましたが、現在は一人ひとりの試行錯誤のプロセスが大切にされています。生徒が主体的に考え、試行錯誤していく学びのあり方は図工、美術の教科に留まらず重要になっています。また地域の美術館や博物館でのアートプロジェクトを通して「アートを楽しむ場」が増えています。
―地域にも広がっているのですね
山形県内では「天童市美術館」でアートを通して立場や考え方の違う方が、出会い、交流する機会の創出を目的とした『天童アートロードプロジェクト』(2012年~)が行われています。私もそのメンバーの一人ですが、中学生から70代と年齢も立場も異なる多様な方々が自分の作品を持ち寄り、年に一度展覧会を開催しています。その人の生き方や考え方が表現されている作品をきっかけに、出品者と来場者との新しい出会いが生まれたり、地域の知らなかった側面を知ってワクワクしたり、1つの視点に絞れないことを「あ?だ、こ?だ」と考える時間で溢れています。創造的であることが、個人だけではなく身近な人やコミュニティに影響を与えています。
―作品を介して互いを知るのですね
そうですね。日常では年齢や性別などの属性や障がいのある/なしなどのカテゴリーで見られてしまうことが多いので、ここではそうした属性を取り払えるよう、ごちゃ混ぜにして展示しています。また、こうした活動には丁寧な時間の積み重ねが必要ですが、これまでの合理化や時短優先の社会を考え直す意味で教育関係者や観光の方が関心を持ってくださることもあります。今後はさまざまな分野で展開されると嬉しいですね。
―石沢先生が各地域で行うアートワークショップ「はじまりのたいよう」についても教えてください
「はじまりのたいよう」は、さまざまな素材を組み合わせて、「それぞれの太陽のイメージ」を制作するワークショップですが、手を動かす前にそれぞれの体験や印象的だった風景を語り合い、個々の太陽に対するイメージを広げて、自分の体験や思いを他者と共有する時間からスタートします。
その後、実際に「たいよう」を作る際には、好きな素材、イメージに合う素材を自分で選んでいきます。
カラフルなドローイング素材や色紙、フィルムなどの素材を組み合わせて「たいよう」を制作し、出来上がったらいろんな場所に作品を持ち出して楽しみます。太陽にかざしたり、劇場のスポットライトを当てたり、周囲の環境によって作品の表情が変わる楽しさを感じてもらいます。
そして最後は、個々の作品を集めて一堂に展示します。作品を作ったら終わりではなく、作ったものを通して体験を共有することで「同じものを見ていても、人によって捉え方が違う」ことを感じ合い、そもそも個人の感覚が違っていることがあたり前で楽しいということを、ワークを通して感じてほしいと思っています。
―こうした美術体験を、行政が活用するケースも増えているように感じます
高知県高松市の「保育所への芸術士派遣事業」では、様々な芸術分野に高い知識を有するアーティストを「芸術士」として、保育所?こども園?幼稚園に派遣する、「芸術士派遣事業」を平成21年秋から実施しています。市内の保育所?こども園?幼稚園で展開するこの事業は、自治体が独自に取り組む保育支援の事例としては初めての試みで、イタリアのレッジョ?エミリア市の幼児教育※をモデルにしているものです。芸術家と保育士がそれぞれの専門性から子どもたちの成長をサポートしようという考えが根底にあり、「異なる分野の人たちが、こどもを中心に協働していく」という「人づくり」に公の活動がサポートしています。
※レッジョ?エミリア アプローチ:イタリアのレッジョ?エミリア市発祥の乳幼児の教育方法。子どもが主体的に活動することを大切にした教育で、1990年代から「最も先進的な乳幼児教育」として知られている。アートを活用した取り組みも多く、学校にはアートを専門的に学び、学びをサポートする「アトリエリスタ」が配置されている。
また、岐阜県可児市文化創造センター「ala(アーラ)」の「まち元気プロジェクト」では、「生きづらさ」や「生きにくさ」を感じている人々を、文化芸術の力を活用して精神的にも社会的にも孤立させないためのプログラムを実施しています。文化芸術には「共創性」という、複数の人間が関わりあって新しい価値=仲間?コミュニティをつくる力があります。 この文化芸術の力で「生きる力」と「コミュニティ」を創出し、社会の健全化を目指しています。
同センターでは、市民ミュージカルや演劇の開催、学校でのコミュニケーションをサポートするプログラム、子育て支援など、様々なアウトリーチ事業を実施していて、こうした「文化芸術による社会的包摂(social inclusion)」の取り組みが、現在とても重要だと思います。
個人と社会をアートでつなぐコーディネーターの存在
―これからの美術教育ではこのようなアートワークショップの経験を積んだコーディネーターが重要になりますね
本コースでも、学生たちが将来さまざまな現場でコーディネーターとしての役割が果たせるように授業は実践的です。2023年前期には、3年生たちが山形市にあるシェルターインクルーシブプレイス 「コパル」で、親子が楽しめる企画を実践しましたが、事前準備や広報はもちろん、遊びに来てくれた親子に作り方や遊び方をどう伝えるのか、声がけはどうするのか、実践を通してコーディネート力、ファシリテーション力を高めていきました。
また私のゼミでは「地域から学ぶ」というテーマで、山形県中山町岡地区に出向き、指定重要文化財の施設見学や地域の方への取材をもとに、地域を学ぶきっかけとしての作品制作やアートワークショップを企画し、最終的には町指定文化財「旧柏倉惣右衛門家住宅」を会場に展覧会を行いました。 学生たちが感じた地域の魅力を基盤にすることで、地域内外の方には地域や建物の魅力を新鮮に感じていただけたと思いますし、学生との対話を通して建物での暮らしをじっくり想像することにつながり、短時間の見学では辿り着けない深い体験をしていただけたと思います。
―その時々でコーディネーターの役割は異なるのでしょうか?
どんな場所で、誰に向けてアートを行うかによって変わってくると思います。私は個人の仕事として、保育園やこども園で造形活動の講師をすることもあります。園の先生方に対して造形活動を提案したり、親子行事で保護者の方に子どもたちの生き生きとした姿、表現することの大切さを伝えたりしています。こうした機会がもっと増えたらいいなと思いますし、幼児教育の施設に限らず、高齢者の方、障がいのある方など、さまざまな人に向けたアプローチが今後は重要になってきます。
―地域と学校のつながり方も変化していますね
学校教育は大きな変革を迎えていると思います。急激な社会の変化に伴い、子どもを取り巻く環境や学校と地域を取り巻く課題はますます複雑化し多様化していますので、子どもの豊かな成長のためには、学校?家庭?地域の連携?協働の体制の構築が重要です。 2023年から、山形県でも次の10年の教育の指針を考えるための「第7次山形県教育振興計画検討委員会」が開かれています。委員には教育関係者だけでなく企業の社長さんやスポーツ界の方など、私も委員として参加していて、さまざまな視点から教育を考えていこうとしています。
学校現場も地域の方も、日々の忙しさの中で、思いがあっても考えを共有する時間を取ることが難しい現状ですが、学校での具体的な授業を考えるためにも、地域の方との調整や、授業内容を検討するなど、全体を見通して支援する人の存在がこれから必要になると考えています。
―このコースで学んだ学生たちは、将来、こうした活動の支え手になりそうですね
学生たちには、いろんな現場に入り、アートの持つ力を生かした提案やコーディネートの仕事をしてほしいと考えています。実際に、「一般社団法人前橋まちなかエージェンシー」に就職した学生がいました。もともと募集はなかったそうですが、4年生の時にインターンに参加し、七夕のイベントで自分が持ち込んだワークショップを実施したことで、採用の方向に動いてくださったそうです。これまで学んできたことを積極的にアピールしたことが結果につながった頼もしいエピソードでした。
教員を目指す学生も増えています。2022年度の卒業生は4名が中学校?高校で教諭として合格し、2023年度には東京都の図工専科に1名が合格しました。それぞれ、現在教壇に立って仕事をしています (東北芸術工科大学の教職課程)。
県内には先ほどの「コパル」のような複合施設も増えていて、プログラムを定期的に提案できるコーディネーター的な人材も求められるようになりました。こうした社会的な場に身を置くことで、本学でアートを学んだことで身につけた力がどんな意味を持つのか改めて考える機会になっています。今後も地域や教育などの様々な現場で活躍していってほしいと思っています。
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アートは作品を作るのが得意な人だけのものではなく、他者を深く理解することができるコミュニケーションツールでもあることがわかりました。今後、地域社会やアートがかかわる様々な現場で、総合美術コースで学んだ学生たちが人と人、人と社会のつなぎ手として活躍する場が増えていきそうです。
(写真提供:石沢惠理、寺田玲乃 取材:入試課?樋口) 石沢惠理専任講師 プロフィール 美術科総合美術コースの詳細へ東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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