2023年、髙橋侑子さん(芸術文化専攻絵画領域大学院修士課程2年)が、次代を担う若手作家の美術賞「Idemitsu Art Award 2023」においてグランプリを受賞。2024年11月には齋藤大さん(同修士課程1年)が、新進作家の登竜門となるアートコンペティション「FACE2025」においてグランプリを受賞。2年連続でグランプリ受賞をした2人は同じゼミで学び、刺激し合いながら切磋琢磨してきました。そんな2人は普段、どのようにして制作しているのでしょうか。今回は大学院芸術工学研究科長の深井聡一郎教授とともに、活躍中の大学院生たちとその指導教員である木原教授に、大学院芸術文化専攻の学びについてお聞きしました。
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自己のスタイルを探究する日々と、グランプリ受賞の道程
――髙橋さんは「Idemitsu Art Award 2023」、齋藤さんは「FACE2025」のグランプリ受賞おめでとうございます。受賞したご感想をお聞かせください。
髙橋:美術科洋画コースでの大学4年間はコンペにほぼ出品したことがなかったのですが、大学院の2年間は、目に付いたコンペ全てに応募しようと決めていました。Idemitsu Art Award事務局から受賞の連絡をいただいたのは大学院1年生の秋。そんなにすぐ結果が出ると思っていませんでしたし、グランプリというのは聞き間違いなんじゃないか、ぐらいの認識でした。心の底から実感できたのは授賞式当日を迎えてからだったと思います。
齋藤:FACE2025の受賞結果はインターネットに掲載されるのですが、僕は自分で発表を見る前に仲間が教えてくれました。大学に行くと先生方もたくさん声をかけてくださって、周りの人がとても喜んでくれたのを覚えています。出品への背中を押してくださった先生方や仲間に感謝しかないです。
深井:同じゼミから立て続けにグランプリの受賞は快挙だよね。木原先生の学生の導き方が上手だからだとあらためて感じました。
木原:僕が指導しただけで受賞できるなら毎年何人もいるはずですよ(笑)。2人とも学部で苦労していた時期もあったから、努力の末の受賞はとても感慨深いです。
―――受賞された作品は、どのようにして生まれたのでしょうか?
髙橋:大学4年時の卒業制作で大小24点の作品を制作したのですが、その中から3点を「Idemitsu Art Award」に応募し、そのうちの1点『室内のリズム』という作品がグランプリをいただきました。
髙橋:私は普段から室内や日常の風景をモチーフとしていて、印象的な部分を強調して描いていくのですが、この作品の題材は就職活動で訪れた県外の市民センターです。地域の方によるバザーが開催されていて、それがとても印象に残っていました。その時に写真を撮っていなかったので、建築を学ぶ友人から建築物の写真や資料を送ってもらい、それを基に描いた作品です。お菓子やハンドメイドの小物などを売っていた場面や建物の骨格を強調しながら、現実の風景に存在しない面白そうなものを描きこみました。
木原:こだわりを持って描きこむ部分と、偶然性にゆだねる部分の采配の振り幅の広さが魅力ですね。あと髙橋さんの作品の基になる写真って、結構普通の写真なんです。髙橋さんにはそれを選ぶ魅力的な理由が何かあるんだと思うけど、それは決して第三者が見て興味深い写真ではなくて。あくまで写真を通して記憶や体験を思い出しながら、いろんなことを膨らませて描いているんだと思います。
深井:齋藤くんの普段の作品は友人たちと体験した日常をコラージュしているので、僕も知っている学生が登場している作品が多くあると記憶しています。受賞作品はどんな作品ですか?
齋藤:グランプリをいただいたのは『キャンプファイヤ』という作品です。以前からキャンプの絵画をよく描いていて、キャンプの炎を何かに見立てることができないかずっと考えていました。そこで、蔵王の御釜を炎に見立て、星空を描いて、そこの下に人を配置するという構想を練っていきました。 深井先生も仰っていたように、僕が今描きたいものは、日常を歩む人々とそれを取り巻く風景で、それらの記録として絵画を創ること。この作品でも、御釜の写真を撮影し、人を撮影してコラージュし、星空もコラージュしていくという感じで進めました。ドローイングのような感覚でコラージュをしているところがあるかもしれません。
――努力の末の受賞と木原先生は仰いましたが、先生から見てお二人はどのような学生ですか。
木原:髙橋さんは大学3年次の演習「100点ドローイング」で一気に感覚が開花したんですよ。それまでの作品と比べて、描きまくったドローイングは、どれもこれもいい出来だった。「おお、この子はすごいな」と僕は感心したし、本人も何かしら感じているはずです。制作スタイル、あるいはスピード感がとても新鮮だった。
髙橋:誰かに言われたわけではないのに、それまでは油絵は時間をかけて描くものだと勝手に決めつけていたところがあって。多分1?2年次の課題提出までの期間が長かったので、2~3週間で1枚の油絵を描くのが普通だと捉えていて、その間ずっと描かなければいけないと思っていたんです。でも100点ドローイング以降は別に自分タイミングでいいんだと、絵の終わらせ時を考えるようになってから、楽しく描けるように切り替えられたという手応えはありました。
木原:4年次で彼女はどんどん自分のことを紐解き、徐々に自然体になっていくように見えていました。一番面白くなって勢いがついた卒業制作は、枚数もボリュームも内容もよかったですね。今はある種の方法論みたいなものが、髙橋さんも齋藤くんも確立しつつあるんだけど、そこに至るまでは悶々としながら、行ったり来たりがあったんですよ。僕は二人とも大学3年の後期からゼミ教員として見ているけど、順風満帆ではなかった。4年の後期から一気に走り抜けたという感じだよね。
齋藤:学部の頃は、周りの学生たちは個性があるものを描く人が多くて、自分もそういうものを描かなければいけないと、自分にないものを求めて苦悩していました。でも自分にとって大事なテーマは、日々の生活や人との関わりといった元々自分にあるものなんだと気づくことができました。そこに気づくまでに4年生の前期まで使ってしまいましたが。
――木原先生は、学生にどのようなご指導をされているのでしょうか。
木原:学部の4年間は本人の基礎を鍛えていくところで、大学院に入ってからは本人たちが自力で伸びていくフェーズだと考えています。見極めると言ったら偉そうだけど、その学生にとって何をしたら伸びそうかなということは考えます。 この学生はあんまりいろいろ言われるのは苦手そうだなとか、逆に求めてるよなとか。あるいは地道にコツコツやっていくのが向いてるなとか。一人ひとりの個性を見て指導に当たります。学生たちは自分たちでも上手にお互いを刺激し合いながら、頑張ってくれていますよ。
深井:僕のゼミの中でも、誰一人同じようなことをやってる人はいないですからね。
大学院での授業内容?学びの特徴
――髙橋さんも齋藤さんも学部は美術科洋画コースで学び、そこから大学院への進学を決意したのはどのようなきっかけがあったのでしょうか。
髙橋:就職活動もしていたのですが、4年生になりやっぱり油絵を描き続けたいと強く思うようになり、進学を決めました。大学院は制作に専念できる2年間で、恵まれた環境だと感じています。
齋藤:僕は大学の卒業制作で自分の絵画に対して何か掴んだような気持ちと、まだ発展途上だからもっと極めたいという気持ちの両方があり、進学を決意しました。山形はいい意味で雑音が少ないので、自分の作品に対してまっすぐに向き合える気がします。たぶん、僕みたいな人が都心の学校だったら、たくさんの人にのまれて、いろいろなものに目移りして、今のように絵を描いていたのかは分からない。その点でも進学してよかったと思っています。
――大学院では実際にどのような授業を受けて、どのように制作を継続しているのでしょうか。
齋藤:ひたすら絵を描くことは学部4年間と変わらないですけど、大学院ではそれ以外にも様々な授業を受けます。特に「絵画原論」という授業がとてもおもしろくて、毎週のようにゲスト講師が来て、講義と講評をしていただきました。講評の際の言葉など、刺激がとても大きいんです。学びがあったり、考えが深まったり。それを実際の作品に当てはめると変化があったりして、とても実りある講義です。
【絵画原論】多様な作家の絵画のルーツを紐解き、今日の絵画の在り方を探ることで「絵画」の根源的な本質を探る講義。担当教員や様々なゲストの講義に加え、自己を客観的に捉えるための作品講評も行なわれる。
髙橋:私も修士1年の時にはさまざまな分野の講義を受講しました。「工芸文化原論」「デザイン工学原論」など、専攻も領域も異なるジャンルも受けられることがすごく刺激になりましたね。
【工芸文化原論】工芸(漆、金属、陶)とテキスタイル(織、染色)について歴史や素材特性、技法、技術を知り、素材や成り立ちを理解する講義。各専門分野への転換を積極的に測れるようにすることを目的としている。
【デザイン工学原論】大学院デザイン工学専攻の様々な領域分野をオムニバスで学び、それぞれの領域分野の基本となる知見を得ることを目的とした講義。
深井:2人が在籍しているのは「芸術文化専攻絵画領域」といって、日本画と版画と洋画の学生が一緒に学んでいる領域になります。自分の専攻だけでは閉鎖的になりがちな研究を、もっと広い視野で考えることができるので、いい意味で交わったことによる効果が表れていると思います。
「大学院レビュー」という取り組みではさらに広く、領域も学年も違う大学院生が展覧会や学会形式で発表を行い、質疑応答や意見交換を行っているので、制作や研究をアウトプットすることで、得られた知見や視点を各自の研究に役立てているのではないでしょうか。
髙橋:私は学部の頃はコロナ禍というのもあって、引き篭もりがちだったのですが、大学院では違うジャンルの授業に興味が持てるようになったり、学内展示や卒業制作展なども見るようにしました。自分の制作でも、糸や折り紙など異素材を使うことで飽きないように作品と向き合えるようになりましたし、自分も変われたと思います。「Idemitsu Art Award」でいただいた賞金で旅行に出かけ、さらに視野を広げることができました。
齋藤:僕も院生同士の刺激はものすごく感じます。例えば日本画の学生と今までは交わることが少なかったので、そもそも岩絵の具や日本画についてわからなかったのですが、興味を持てるようになりました。それを紐解くと、自分の作品にも応用できることがあったりして。大学院に入ってからの自分の中の心境の変化は大きいです。
木原:あと、齋藤くんは仲間と水族館に行ったり、キャンプをしたり、そういう行動が題材になっているから、それ自体が「フィールドワーク」と言っていいくらい彼にとって結構大事な行動だと思います。
木原:僕はいろんなタイプの学生がいていいと思っていて、コンペや公募展にチャレンジしたり、自分に非常に近しいテーマを見つけて絵画にしていく学生もいれば、地域に出て調査研究をして、裏付けを背負いながら作ったり描いたりする人もいるし、映像的な人、立体的な人、インスタレーションなどに生かせるタイプの人などがいる。だから芸工大の大学院も学部の教育も、その学生に見合った発表の仕方や制作の仕方を見出す指導で、僕は盛り上げていきたいですね。
2人のこれからの目標と大学院のあるべき姿とは
――髙橋さんと齋藤さんは、今後の展望や目標はありますか?
髙橋:まずは制作を続けることを目標にしたいです。ペースが落ちても、続けられるようにしたい。修了後は教員免許を取得し先生になるので、最初は1年ぐらい休むつもりで無理なく続けられる土台をゆっくり作っていきたいなと思ってます。また旅行にも行きたいですね。その分、大学院修了まではペースを止めないでとにかく描き続けます。
齋藤:僕はあと1年ありますので、自分の制作でまだぶれてる部分を修正して、今描きたいと思っているモチーフを片っ端からやり切るつもりです。選択肢を埋めるというか、アイデアをやり尽くそうと思っています。
――それでは最後に、木原先生からお2人へメッセージをお願いします。
木原:賞を取ること自体がまず難しいことだし、大きな賞でグランプリを取るのは本人の努力や作品の良さの他にも、審査員の方の考え方や、あるいは時代の流れなどさまざまな要因があります。だから人生でそう何度もない機会ですし、とても良い経験になったと思います。ただそれに引っ張られるのではなく、制作においては淡々と自分の次の一手を打っていくといいと思います。
それから、修了して外部へ出れば、当然今までのこんな広いアトリエも時間もなくなるし、こうして切磋琢磨する仲間とも距離が離れるので、当然トーンダウンする。そこからもう一回気持ちを持ち上げていく作業が必要なので、制作の面白さを手繰り寄せながら続けてもらえればと。制作さえしていればどこかでまた必ず出会うので、ぜひ続けてもらいたいですね。
深井:大学院全体としても、一番の目標は修了した後も持続し続ける研究者、作家、デザイナーを育てることです。続けていくことが一番難しいですが、それを10年後も20年後も、同じ土俵にしっかり立てる人材を輩出することを目標として、教師陣も頑張っていきます。
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雄大な自然に包まれた山形の地で、個性に合った成長を伸びやかに育む東北芸術工科大学の大学院。その教育環境は、教師陣と学生の親密な交流からも感じることができました。卒業?修了生の皆さんがここで得た学びと経験を胸に、社会で躍動する未来の姿が一層期待されます。
(取材:藤庄印刷株式会社 小笠原 慶子) 大学院について 美術科洋画コース東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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