《CHANGEMAKERS(=社会を変革する人)を育てたい/学長?中山ダイスケ(前編) より続く》
これまでの社会は、合理性や技術ばかりを追い求めてきました。テクノロジーは、私たちの生活を便利で効率の良いものに変えましたが、世界はそれほど幸せにはなっていません。今、私たちに必要なものは何なのでしょうか。
その鍵こそ「アート&デザイン」にあると中山学長は話します。アートやデザインを学び、無から有を創造できる人が、これから社会のあらゆることを変えていけるのだと。
※本稿は、高校生?受験生向けに制作した『東北芸術工科大学 ガイドブック2021』の特集記事を再構成したものです。
山形に集まる、現役のプロクリエイターである教員たち
中山:本学は学生約2,400人に教員が100人という、ちょうどいいサイズです。大きな大学こそが強いという時代もありましたが、今ではコンパクトであることの方が有利です。芸工大はそのサイズを生かし、積極的に各学科、専門領域が横断的にコラボレーションしています。
本学の教員のほとんどが現役で活躍しているクリエイターであることは重要な特徴です。実技演習の教員は、ほぼ100%の教員が現役で活躍している専門家たち。実はこれ、芸大美大の世界では珍しいことで、他大学では現役のクリエイターの多くはゲスト講師や非常勤。なぜなら現役を引退してからじゃないと、膨大な時間を教育には割けないからです。
本学では、現役のプロである教員が、自身のプロジェクトや制作を用いて、学生の教育に活用するという風土があることで、多くの現役クリエイターが自分の新しいクリエイションのために山形に集まっています。生き生きとした教員から制作現場の喜びや苦悩を直接教わることができるということは、芸工大の誇る魅力の一つだと思います。
大学全体で共有する未来課題への挑戦、リアルな現場、教員のプロ率の高さ、それらを合わせると、今この瞬間に、東北芸工大がこの山形にあることは、時代の宿命です。
もう東京を基準に物事を考える時代は終わりました。山形はすでに世界の一部であり、東京に対しての「地方」ではありません。ここで学び、挑んだことは世界で使えるマスター?アイデアです。未来を面白く変えるクリエイターは、ここ山形から巣立つのです。
みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ :芸工大が主催し、山形市で2年に1回開催する、現代アートのフェスティバル。2020年9月に4回目の開催を予定している。テーマは『山のかたち、命のかたち』。「こころ?からだ?芸術」という視点を取り入れ、分かりやすい言葉や、観客の体験を通して芸術を翻訳しながら、地域と大学が共に創り上げる芸術祭を目指している。
柔らかな人=CHANGEMAKERS(社会を変革する人)を育てたい
――これから芸工大は、どんな人材を育てたいと考えていますか?
中山:先に述べたように、時代が更新されると、価値もアップデイトされます。職業や仕事、人間同士の関わり方、家族のありかた、子育ての仕方など、多くの仕組みがガラッと変わろうとしています。大学教育のあり方も同様です。そう考えると、我々が教科書通りに「昔はこうでしたよ」ってことをいくら教えていても通用しません。未来に目を向けたプロたちと学生が一緒になって「次はこうなるかもしれないよね」という予感や予測を共有し、失敗を恐れずに試してみるような教育が必要であると、強く感じています。
芸術系大学としても、これまでのように小さなアート界やデザイン業という限定された業界だけに貢献するのではなく、大きな意味で、世の中にある全てのことを変えていく「柔らかな人」=「Changemakers(社会を変革する人)」をこの大学で育てたいと考えています。
社会のあらゆる分野?業種?地域に対して、とびっきり新しいスタイルの人材を輩出したい。次々に生まれる新しいテクノロジーを、恐れずに軽やかに、人類や地球のために使ってくれるChangemakersたち。きっと我々がこれから教えていく学生たち、高校生?受験生の皆さんこそが、大人たちの想像を超えた未来を作っていく世代です。言い方を変えれば、皆さんは、社会の姿を変えてしまう役割を社会から期待されている世代です。芸工大という環境でアート&デザインを学んだ皆さんは、強い芯を持ちながらもしなやかで、どんな形にはまっても、そこからはみ出す力を持ったクリエイターとなることでしょう。
小さな好奇心が、ひとかけらあればいい
――どんな人に入学してほしいと考えていますか?
中山:どんな大学に進むにせよ、きっと周りの大人たちは「その大学に行ったら何になれるのか?」と心配されるでしょうし、皆さん自身も不安だと思います。不安はどんな分野にもつきものです。ただ、アートやデザインを学んでみようと思うのであれば、不安ではなく、小さな好奇心をひとかけら持って来てほしいと願っています。最初は誰でも、「好奇心」や「憧れ」がきっかけです。社会の仕組みに興味がある、歴史が好き、絵を描くことが好き、ものを作ることが好き、考えることが好き、人それぞれの好奇心でいいのです。
もう誰も予想できない社会です。何を学んだら何になれるという単純なレールはありません。芸工大で学んでいる最中にも、社会の姿は目まぐるしく変わり続けます。皆さんの小さな好奇心は、新しい何かに触れる度に色を変え、憧れの形も変容し続けるでしょう。その変化の最中に、皆さんがどの瞬間を切り取るのか、どのタイミングで波に乗るのか。それをサポートするのが我々教員の役目です。大学で学ぶ4年間の間に、きっと皆さんそれぞれの、大切な出会いがあるはずです。
アートやデザインは、才能や経験がなければ通用しないという考え方も、周囲の大人や、古い社会が持ち続けている幻想です。学長であり、現役のクリエイティブディレクターである私自身も、ごく普通のサラリーマンの家庭で育ちました。美術部でもありませんでしたから、周囲には美大進学を心配されました。
ただ、高校生だった私には新しいことを創ってみたいという欲望と、あらゆるものが面白く見えてしまう好奇心がありました。大学在学中に夢中になれるものと出会い、一から研究し、勉強し、いろんなアートやデザインに影響を受けながら、やがてプロになりました。周囲の他のプロたちを見ても、最初から才能だけで成功している人には会ったことがありません。アートも、デザインも、ちゃんとゼロから学ぶことができる「学問」です。あなたの好奇心と学び方次第で、いくらでも可能性を伸ばすことのできる領域なのです。
また、芸大や美大を出ても仕事に就けないという定説も、古い時代のものです。芸工大は、芸大や美大の中でも全国最高レベル、地域の一般大学と比べても、群を抜いて就職率や進路決定率が高い大学です。芸術学部でも85%、デザイン工学部では95%という就職率を目標として、毎年維持しています。中学や高校の教員になるための、教員採用試験の合格率も高く、本学とその先の社会はきちんと連結しています。
芸工大は現場です。リアルな社会と重なっているこの場所で学んでいると、自然に社会参加への意欲が上がります。何よりもアートで育んだ心の体幹の強さと、デザインで身に付けた運動神経を兼ね備えた卒業生が多いので、作品制作と稼ぐこと、やりたいこととやるべきこと、好きなことと得意なことなど、バランス感覚の高いクリエイターを生み出しています。
芸工大という場所は、変化する時代を仕事にする方法、職業にする方法、あえて時間を止めて、古き良きものを作り続ける方法など、あなたの好奇心と憧れを現実社会とうまく接続させるチャンスにあふれています。どうか小さな好奇心をひとかけら持って、肩の力を抜いて来てください。
時代に翻弄されず、自分の力で生きていける人を育てたい
――芸工大は、どんな大学になっていくのでしょう?
中山:新しい時代に差しかかり、私たちの大学はこの時代に酷使されてすり減ってしまうような、歯車になる人間を育てようとは思っていません。確かにIT技術とデジタルメディアは人の関わり方を変え、新しい時代を作っていますが、主役は人間です。「柔らかな人」=「Changemakers(社会を変革する人)」とは、時代に翻弄されず、自分の力で生きていける人間です。
これからの未来に向けて学ぶべき、時代の学問は、「アート&デザイン」で間違いありませんが、単なる流行としてかじるだけでは、時代に消費されて終わりです。人間がリードする社会を目指し、アート&デザインをどのように学ぶのか。他の大学には真似のできないこだわりのスタイルを、今後も追求していこうと思っています。
(撮影:志鎌康平、根岸功 取材:渡辺志織、企画広報課?須貝)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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