大学4年生の時、卒業後の進路について検討する中で出会った、北海道大樹町で酪農をしながらアーティスト活動に取り組むというプロジェクト。自然の多いところで暮らしてみたい、そして何より、働きながら制作を続けていきたいと考えていた下山明花(しもやま?あすか)さんにとって、それはとても魅力的な制度でした。そして現在、「酪農アーティスト」として活動を行う下山さんに、大樹町での暮らしについてお話を伺いました。
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牛の搾乳をしながら制作活動を続ける日々
下山さんが北海道大樹町で暮らすきっかけになった「大樹町若手芸術家地域担い手育成事業」は、大樹町で働きながら制作活動ができる上、アトリエのスペースまで提供してもらえるというもの。下山さんが採用された当時は酪農だけに限られていた職種も、現在は対象が広がっているそうです。
――下山さんは「酪農アーティスト」として活動されていますが、普段の働き方について教えていただけますか?
下山:酪農場の従業員として、80~90頭いる牛の搾乳をメインに行っています。勤務時間は、朝5時半頃から9時過ぎくらいまで、それから間を置いて夕方の17時頃から20時過ぎあたりまでなので、日中の時間がすごく空くんですよね。そこを利用して制作活動を行い、そして定期的に作品を発表するという流れになります。
――作品を発表する機会はどのくらいあるんですか?
下山:グループ展で発表することもあれば、自分で公募に出すこともあります。あとは大樹町で年に1回、報告展のような形で地域の人に作品を見てもらう機会があるので、それぞれの締め切りに合わせて制作を進めていく感じですね。大樹町が提供してくれた、使われなくなった児童館を改装したところがあるんですけど、そこをアトリエとして使っています。
――実際、酪農をしながら制作活動する生活はいかがですか?
下山:最初は体力面ですごく大変でした。ずっと文化系で運動もほとんどしてこなかったので、力仕事なのに体力が全然なくて。でも動物が好きで、牛と触れ合えるのはとても楽しいと感じていましたし、あとは朝が早かったり夜が遅かったりするので、普段なら寝ていて見られないような景色が見られるのも魅力的だと思いました。
私は木版画で風景の作品を作っているんですけど、仕事に向かう時の朝焼けとか夕方の景色がすごく好きで、最近はそういうものを多く描くようになりましたね。
――しばらくは現在の生活スタイルを続けていく予定ですか?
下山:そうですね、今のところは。ただ私は酪農業の100%の担い手ではないので、ゆくゆくは酪農の仕事を減らしていく方向には行こうと思っています。やっぱり自分の中では、ものを作ったり表現活動をしたりすることの方が比重的には大きいので。
とは言え、もともとアーティスト一本で食べて行こうと思っていたわけではなく、とにかく作ることを続けていたかったというか。それが今は版画なんですけど、その興味の対象が変わるのもいいな、って自分では思っていて、とにかく自分がその時やりたいことをやって生きていけたらなって。だから収入源を一つに絞る必要もないと思ってるんです。いろんな収入源があって、その中の一つとして制作を続けていくことができれば何でもいいかな、という感じですね。
――大樹町には、他にも下山さんと同じような形で活動されているアーティストさんはいらっしゃるんですか?
下山:私の前に1人いたんですけど、すでにプロジェクトを卒業されているので、現時点では私だけになっちゃいました。1人だと自分に集中せざるを得ないので、それは良い面でもあるんですけど、ただやっぱり刺激はどうしても少なくなりますね。また酪農の仕事も朝?夕と同じことの繰り返しで、自分から刺激を求めに行かないとマンネリ化してくるというのがあるので、休みの日は基本的に制作の方もお休みにして、車で出かけることが多いです。例えば1人で朝焼けを見に海へ行ったり、ちょっと遠くの温泉まで入りに行ったり。あとは地元が札幌なので、まとまった休みがもらえた時はよく帰省しています。
それから十勝管内だと作品を制作している方がたくさんいたり、帯広にはギャラリーがあったりするので、そういう所にも少しずつ足を運ぶようにしています。実は結構人見知りなんですけど(笑)、それでもつながりたいと思えば案外すぐにつながれるような環境はありますね。
生命力に満ちた山形の自然に刺激を受けて
――芸工大で版画を学ぼうと思ったきっかけは?
下山:もともと地元は出ようと思っていたんです。でも結構小心者なので、北海道からだと東北圏内が行けるギリギリかな、っていうのがあって(笑)。それで高校3年生の時、フェリーに乗って仙台まで来て、そこからなんとか芸工大までたどり着いてオープンキャンパスに参加しました。ファインアート系を重点的に見て、その流れでたまたま版画の体験をしてみたら、それがなんだかすごく面白くて。
私は美術系の高校に通っていたのですが、デザインやアニメーションの授業を専攻していたので、やったことのない日本画や洋画は難しいかな…と感じましたが、「版画は初めての人が多いから全然大丈夫」と言ってもらえたので、それならやってみよう!と。
何より、話してくれた先輩方が皆さん本当に楽しそうで、他の大学のオープンキャンパスに行った時にはあまり感じなかった“活気”があふれていました。景色もすごくきれいだし、こんな大学で2024欧洲杯官方_NBA赌注app-投注网站推荐を送れたら楽しいだろうなと思い、受験を決めました。
――下山さんは在学中に『全国大学版画展』で受賞されましたが、当時ゼミを担当していた中村桂子教授がその時の下山さんの作品について、「山を見渡す広大な景色の木版画で、美しいと思うものを美しい!と感動し、それを表したい!と思い作り切った、ストレートで瑞々しい感性があふれる作品」と評していました
下山:照れますね(笑)。私は難しいことを考えるのが苦手で、とにかく素直に生きたいと思っているんですが、それは作品に関しても同じで、「きれいだ!」とか「これすごくいい!」とか、「こういうのがあったら楽しくない?」という気持ちをみんなと共有したい、という思いでいつも作っています。
なので、毎日見る大樹町の美しい景色は私にとって本当に刺激的で、「やっぱりきれいなものはきれいだな」って思うし、自分の作品を通して見る人に共感が生まれて、「実は私もこんなことがあって」みたいな話になっていったら楽しいな、と思いますね。
――山形でも作品に影響を与えるような景色には出会えましたか?
下山:大学から見る景色が純粋にすごく好きでした。本館の前にある鏡池の水面が光ったり、そこに空の雲が映ったり。それから本州の夏を経験するのが初めてだったので、生命力に満ちあふれている山形の夏の色や匂いにすごく影響を受けて作品をつくっていた記憶があります。北海道の夏も生命力にあふれてはいるんですけど、山形の場合、緑の濃い匂いとか、夜の畑や田んぼの横を通った時の匂いとか、大学の裏にある山の木々が急にモリモリモリモリ~!となるところに夏の生命力を感じていました。
――ちなみに、下山さんは大学の時からずっと木版画だったんですか?
下山:3年生の時に版種を決めるんですけど、その時に木版にしてからずっと続けています。私としては、版画にはまだまだ未知なことが膨大にあって、「ああしてみたい」「こうしてみたい」というのがさらに出てくる感じですね。やっぱり版画はすごく楽しいです。
――今のところ、自分を表現する方法としてはやはり版画が一番ですか?
下山:そうですね。版画が一番というか、まだ版画しかできていないというか。やりたいことはたくさんあるんですけどね。
今後やってみたいのは、車で旅をしながら生活する「バンライフ」。いろんな地域を車で回ってみたいです。それから、いつか自分のアトリエ兼ギャラリー、かつ教室になるような空間を作れたらと思っています。作品が展示してあって、作業する場所もあって、そして学校帰りの子どもがふらっと入れるような、アートを身近に感じられる空間にしたいな、って。なんかギャラリーに入るのって、ちょっと気を張るじゃないですか。そうじゃなくて、生活の延長線上でアートを感じられる空間があったらいいですよね。
版画の工程が教えてくれる、自分のための生き方
――それでは、芸工大を目指す受験生へアドバイスをいただけますか?
下山:今、私自身が思っていることなんですけど、「自分が何をしたいのか、どうしたいのか」を自分でよく知って、自分のために生きることを大事にしてほしいと思います。
版画って、刷り上がったものを見た時、全然自分が思い描いていた通りになってなくてがっかりしたり、逆に思いがけず「すごくいいじゃん!」っていう作品に仕上がったりすることがあるんですね。それってちょっと大げさかもしれないけど、生きていくことに似てるなって思うんです。
「ああじゃないか」「こうじゃないか」といろいろ行動してみることはすごく大事で、そうした結果、自分の思い通りにならなかったとしても、また、その結果が悪かったとしても良かったとしても、それをありのまま受け止めて、「じゃあ次はこうしてみよう」って進んでいけるのがいいんじゃないかな、と思いますね。
――版画の工程には、人生観に通ずるものがありそうですね
下山:そうですね。私は作品をつくる時、いつも自分と向き合うようにしているんです。「自分はどうしてこの色が好きなんだろう?」とか、「なんで私はこういうのが描きたいんだろう?」とか、「なんでこれがきれいだと思ったんだろう?」とか、そういうことを作品をつくりながらもう1人の自分と対話するんです。そうすることでより自分のことを知れて、もしその中で「苦手だな」「嫌だな」ってことがあったらそれは避けたらいいと思っています。
制作することと生きることはすごく似ているし、版画の工程もなんだか生きるということにすごく似ている気がします。
――下山さんは現状を自分なりに解釈して、それを肯定し受け入れることができているように感じます
下山:芸術って、まさに許容されていくところがいいですよね。私には私の考え方や生き方、制作のスタイルがあっていいし、また他の人には他の人のやり方があって、それはそれですごくいい。そういうものを学べるのって芸術の特権であり、魅力だと感じます。だから皆さんにも、やりたいことは自分の思ったままに素直にやってほしいですし、自分もそうしていきたいですね。
それから、もし制作している人で「場所がない」とか「時間がない」とか、「卒業したら制作を続けようかやめようか迷っている」という人がいたら、ぜひ大樹町に来てみてほしいです。私は実際に住んでみて、「この地域なら、制作を続けたいという意志があればやっていける」って思えたので。
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日々搾乳の仕事に励みながら、大樹町で出会う日常の風景一つ一つを大切にし、それを作品を描く上で大きな刺激にしている下山さん。常に物事を前向きに捉えるその姿はとても魅力的で、自分がやりたいと思うことをやれる環境を自ら作り出せる人だと感じました。
(取材:渡辺志織、企画広報課?須貝)
東北芸術工科大学 広報担当
TEL:023-627-2246(内線 2246)
E-mail:public@aga.tuad.ac.jp
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